夫婦の問題の本質

ご夫婦の問題の根源は、 自分がパートナーから『欲しいものが得られない』ということです。そしてほとんどの場合、欲しいものは、実際に語られていることや要求されていることではなくて、『自分のことをわかって欲しい』です。

なぜ「わかってないこと」がわからないのか

しかし、『わかっている』と相手が言えばいうほど、気持ちが冷めていくのを経験された方は多いのではないでしょうか。

ソクラテスは『無知の知』と言いました。以来約2500年経っていますが、相変わらず「自分はわかってないんだ」とわかるのは人間にとって難しいことです。

一般に、「わかる」ということは「理解すること」だと考えられています。たいていの人は相手が大変な「状況」であることは理解できます。「わかった」という人は、そのことを「 わかった」といいます。

一方、わかってもらいたい人は、「気持ち」をわかってほしいと望みます。そこに大きなギャップがありますが、「気持ち」とはどういうものかがわからなければ、このギャップは埋まりません。

で、実は「気持ち」とは何かがわからない人が多いのです。

通常、カウンセラーは何をするか

わかってもらえたという体験は、人を癒します。癒されることで、心に余裕ができて、ほかの考え方や感じ方を試してみる余裕もできます。それがカウンセラーがしていることの本質(の一つ)です。

カウンセラーはそれなりのトレーニングを積んでいますから、クライアントさんのお話をお伺いして、「わかる」(業界用語では共感といいますが、これがまた「気持ち」同様誤解のもとでもあります)ことができます。

夫婦の問題の場合

夫婦の問題で発生したストレスをカウンセラーがお聞きして、癒すのも一つではありますが、常識的に考えて、そういったことこそ配偶者に聞いて欲しい・わかって欲しいはずです。その体験が夫婦の強い絆になるのです。一緒に行った海外旅行やコンサートなどの楽しい思い出、一緒に成し遂げた仕事、そういうものも大きな絆になりますが、相手と「情緒的にわかりあえた!」「 わかってもらえた!」という体験はそれをはるかに凌駕するものです。別の言い方をすれば、楽しい思い出や一緒に成し遂げた仕事は、「わかりあえた」と感じる舞台装置の一つにすぎないかもしれません。

もしある状況でつかわれた「気持ち」という言葉が「意向」という言葉に置き換えることができるなら、それは「気持ち」という言葉を使っていますが、ここで言っている「情緒」「情動」を意味する「気持ち」ではありません。共感も同じです。多くの場合、共感は「同意」という意味でつかわれます。これはここで言っている「気持ち」ではありませんし、配偶者がわかってほしいと感じているものでもありません。