夫婦のコミュニケーションがうまくいかない場合にはいくつかの特徴があります。たとえばそれは以下のようなパターンです。

感情を無視する

投げられたボールに対してどちらの側面で反応したら良いかは、メッセージの発信者がどちらの側面に力を入れて発信したかや、そのときの状況、メッセージの受信者がそのときどの程度話を聞くつもりがあるかなどいろいろな条件によりケースバイケースですが、「いつもいつも」情報にだけ反応するコミュニケーションパターンがあるとすれば、それは問題を引き起こし、解決しないままになるパターンです。

また、人によっては自分の感情に気づかない人もいます。そういう人は自分が発信するメッセージであるにもかかわらず、自分の発信するメッセージに載っている「感情」がわからない人もいます。その場合、相手の反応は非常に難しくなります。

なお、感情を扱うコミュニケーションというのは、「感情的な」コミュニケーションとは異なります。自分の気持ち・相手の気持ちをきちんと理解するためのやりとりが行われるということです。

物事で対処

「今日は大変だったのよ・・・(延々事情説明)」の事情説明の中に、「洗濯物が乾かなくて」という言葉があったら、『だったら乾燥機を買おう』、「掃除が大変」だったら『じゃあ手伝う』というようなパターンがあるとすれば、やはり問題を解決しません。

会社では模範的なサラリーマンになれるパターンであるかもしれませんが、気持ちに反応していないことは前のパターンと同じです。

反論

「今日は大変だったのよ・・・(延々事情説明)」に対して、「そんなこといっても仕方ないだろ」「みんなそうなんだから」等々反論するのも良くあるパターンです。

それもまた気持ちに反応していませんから、いつもやられるとメッセージの発信者は自分のことがわかってもらえないと感じるようになります。

その状態を甘ったれだと批判したくなったり、そんなのをいちいち聞いていたら自分が割を食うと感じたりするのであれば、双方に問題が1つずつあることになります。その2つの問題を相殺しようとしてもそれは不可能です。一つずつキチンと解決する必要があります。

一方通行×2

「今日は大変だったのよ・・・(延々事情説明)」に対して、「俺だってこんなに大変だった」というようなコミュニケーションをするとしたら、一見話し合っているようではあっても、お互いに一方的にボールを投げてあっているだけで、ボールをとっていませんから、キャッチボールになっていません。

攻撃的なコミュニケーション

コミュニケーションの(心理的な)主たる目的が相手を攻撃することを担っているとすれば当然それも何ものをも生み出しません。関係がこじれてしまうと、表面的な意味のレベルではやりとりをしていても、感情の側面からみると相手を痛めつけることだけが目的ではないかというような状況になることが多くあります。

たとえば「なんでそんなことしたのよ?(なんでそんなことしたんだ?)」と言う時の多くの場合、言葉は形式的には質問ですが、本当に理由を知りたいわけではありません。何故かを一生懸命説明したとしてもまた同じような質問を投げられ、どんどん窮地に追い込まれていきます。

このように、わざとピンボールを投げるような事をせざるを得ないとすれば、メッセージを投げている側に未解決の痛みがあると想像されます。ただでさえ関係が悪くなっていてキャッチボールがうまくいかなくなっているわけですから、怨念を込めたボールを投げるのではなくて、自分の傷ついた気持ちをきちんとボールに乗せてわかりやすく投げない限り、キャッチボールが成り立ちません。

受動攻撃的なコミュニケーション

「受動攻撃」というのはわかりにくい概念ですが、受身(被害者モード)になることで相手を攻撃することを言います。

たとえば、不倫をした配偶者に対して、「この私の傷ついた気持ちをどうにかしてよ!」という態度をとり続けるようなことです。確かに不倫をされて傷ついたのは事実でしょうが、他人の気持ちを変えることは不可能なことです。そしてこのようなスタンスを取る人は(本人も意識していないかもしれませんが)、通常どんなに頑張って贖罪しても納得したり気持ちが変わることはありません。だから贖罪する側は賽の河原の石積みのような心境になり、それが心理的な攻撃になるわけです。